2026年11月6日
2026年度第1回の論理社会は20分・40点です。富岡製糸場を題材にした全4問を、絵図と地図、年表と輸出統計の使い方に分けて解説します。
建物の配置と方角
問1 絵図に描かれた施設
答え オ(繰糸所)
資料3の説明では、正門の正面が東置繭所です。その壁に沿って左へ進んだ先にあり、さらに直進すると西置繭所に着く建物が繰糸所です。絵図で赤く囲まれた細長い建物がこの位置に当たります。繰糸所は繭から糸を取り出す場所です。
問2 鏑川の方角
答え エ
資料4で鏑川が製糸場の南にあることを確かめます。資料2の絵図では、東置繭所と西置繭所を基準に西を決めると、その左手が南です。記述には地図と絵図の両方の根拠を入れます。
現在の地図では鏑川が製糸場の南を流れる。絵図では東置繭所から西置繭所へ向くと左手が南になり、その方向にエがあるから。(58字)
開国と官営工場
問3 開国期の対米関係
答え エ
資料6の1858年の行によると、日米修好通商条約では日本の関税自主権が認められていません。したがって、当時の日米関係を対等とするエは資料に合いません。年表の1854年の行には下田の所在地が神奈川県とありますが、下田は静岡県です。この問いの判断に使うのは1858年の行です。
問4 明治政府が製糸場をつくった理由
政府が費用をかけた理由と、製糸業を選んだ理由を分けます。資料5から欧米列強のアジア進出を読み取り、資料1から欧州の蚕の病気と日本産生糸の需要増を確認します。資料7で1865年の主要輸出品に占める生糸の割合が79.4%と分かり、輸出を増やす産業として選ぶ根拠になります。
欧米列強がアジアへ進出する中、明治政府には日本の経済力を高め、植民地支配を避ける必要があった。欧州で蚕の病気が広がり、日本の生糸の需要が高まっていたため、政府は新しい技術を導入した官営製糸場を造り、生産と輸出を増やして外貨を得ようとした。(119字)
解き直しの進め方
資料ごとに分かったことを書き出し、結論を支える根拠を二つ選びます。記述は字数内に収め、問いの両方に答えているかを確認します。
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