【予習シリーズ5年下 第17回】社会攻略ガイド

2026年8月23日

予習シリーズ社会5年下の進め方【四谷大塚の予習シリーズ5下第17回 大正時代】【進塾】

予習シリーズ社会5年下の進め方【四谷大塚の予習シリーズ5下第17回 大正時代】

〜2つの護憲運動の間に第一次世界大戦をはさんで整理する〜

進塾の四谷大塚の予習シリーズ対策ページにお越し頂きありがとうございます。
進塾では、四谷大塚の予習シリーズに則って学習している受験生を歓迎しております。
進塾と共に合格を目指しましょう!

1. はじめに:この記事を読んで得られるメリットと実戦力

予習シリーズ5年下第17回のテーマは「大正時代」です。大正時代は出来事が細かく入り組んでいて整理しづらいのですが、1912年の第一次護憲運動と1924年の第二次護憲運動という2つの護憲運動を軸に、その間に第一次世界大戦に関連する出来事(二十一か条の要求、ロシア革命、シベリア出兵、米騒動)を挟み込む、という構造で捉えると一気にすっきり整理できます。この2つの護憲運動をまとめて大正デモクラシーと呼びます。

【本記事を読むメリット】
この記事を読むことで、大正時代の出来事を「第一次護憲運動→第一次世界大戦関連→第二次護憲運動→普通選挙法・治安維持法」という1本の時系列としてつなげて理解できるようになります。教科書の掲載順ではなく、この時系列で覚え直すことで、記憶がぐっと定着しやすくなります。

2. 第一次護憲運動と第一次世界大戦の日本

◆第一次護憲運動(1912年):藩閥政治への反発

1912年、「藩閥政治をやめろ」を主なスローガンとする第一次護憲運動が起こりました。当時、陸軍が軍隊の増強を政府に要求したものの拒否されると、陸軍は内閣に大臣を出すことを拒み、内閣は解散に追い込まれます。その後、長州藩出身の人物が内閣総理大臣になったことで、国民の間には「自分たちの生活は苦しいのに、派閥の政治が行われている」という不満が高まり、この運動につながりました。この運動自体は、「藩閥政治をやめろ」というスローガンだけ押さえておけば十分です。

◆第一次世界大戦と日本の対応

1914年、第一次世界大戦が始まります。ヨーロッパでは連合国チーム(ロシア・フランス・イギリスなど)と同盟国チーム(ドイツ・オーストリアなど)がバルカン半島をめぐって対立しており、オーストリアの皇太子がセルビアの青年に暗殺されたサラエボ事件をきっかけに、ヨーロッパ全体を巻き込む戦争に発展しました。日本は日英同盟を理由に連合国側として参戦し、中国にあったドイツの拠点を攻撃して占領します。

🗺️ 第一次世界大戦は「二十一か条の要求」までを1セットで

ドイツ拠点の占領後、日本は中国に対して二十一か条の要求を突きつけました。南満州鉄道の使用権の延長や、南満州における鉱山の採掘権、中国の政治・軍事への日本の関与などが主な内容です。詳しい内容までは深追いせず、選択肢が出たときに反応できる程度で十分です。この一連の動きで日本は中国の一部を占領する形となり、経済的にも潤いました。

ところが1917年、ロシアで社会主義革命(ロシア革命)が起こり、これが多くの国にとって脅威となります。特に満州に権益を広げていた日本にとっては、社会主義の広がりを食い止める必要があったため、1918年にシベリア出兵を行いました。

3. 米騒動から第二次護憲運動、そして大正の産業・文化

◆米騒動と原敬内閣

シベリア出兵をきっかけに大量の米が必要になると見込まれたことに加え、第一次世界大戦の影響で農業の働き手が減っていたことや米の輸入が減っていたことも重なり、米の価格が急激に上昇しました。米屋が値上がりを待って売り惜しみをしたことから、1918年、富山県の主婦たちが米の安売りを求めて米穀商を襲う米騒動が起こり、これが全国に広がる大きな騒ぎとなりました。

👔 原敬内閣は「初の本格的な政党内閣」

米騒動をきっかけに、当時の寺内正毅内閣は退陣し、1918年、平民出身で人気のあった原敬が内閣を組織しました。原内閣は、議会で多数の議席を持つ政党の代表者が総理大臣に選ばれる、初の本格的な政党内閣として試験でも重要なポイントです。

第一次世界大戦は1919年、ベルサイユ条約で終結しました。翌1920年には、アメリカ大統領ウィルソンの提案により国際連盟が成立し、本部はスイスのジュネーブに置かれました。ウィルソンが唱えた民族自決の考え方に影響を受け、日本の植民地下にあった朝鮮では三・一独立運動、中国では五・四運動がそれぞれ起こっています。なお、国際連盟の事務次長には日本人の新渡戸稲造が就任しました。

◆第二次護憲運動(1924年)と普通選挙法

第一次世界大戦後、日本は戦争特需の反動で不況に陥り、さらに1923年には関東大震災が発生します。社会への不満や不安が高まる中、1924年、「普通選挙を実現させろ」を主な主張とする第二次護憲運動が起こりました。この運動で活躍した犬養毅・尾崎行雄・吉野作造の3人は押さえておきたい人物です。特に吉野作造は「民本主義」という言葉を広めたことで知られています。

🗳️ 普通選挙法と治安維持法はセットで成立

1925年、普通選挙法が成立し、直接国税による制限が撤廃され、25歳以上の男子に選挙権が与えられました(女子には認められていません)。ただし、普通選挙の実現は社会主義運動が盛り上がるきっかけにもなりかねないため、同時に社会主義を取り締まる治安維持法も成立しています。この2つの法律は、同じタイミングで成立したこととセットで覚えておきましょう。

◆大正の産業と文化

第一次世界大戦の戦場となったヨーロッパの代わりに、日本には軍需品や工業製品の注文が集中し、大戦景気と呼ばれる好況をもたらしました。この時期に力をつけたのが、三井・三菱・住友・安田といった財閥です。急に金持ちになった人々は成金と呼ばれ、100円札を燃やして明かり代わりにする様子を描いた風刺画が有名です。ただし、好景気の裏で物価も上昇し、給料が上がらない労働者の生活は苦しくなっていきました。これが社会運動の広がりにつながります。

✊ 社会運動は「誰が」「何を求めて」で整理する

労働者は労働組合を作り、小作人は小作料の引き下げを求める小作争議を起こしました。差別されてきた人々による部落解放運動の組織として全国水平社が結成され、女性の解放運動では平塚らいてうが雑誌「青鞜」を発行し、市川房枝とともに女性の政治参加を求める運動を進めました。大正時代には、バスガールやタイピスト、看護婦といった職業で女性の社会進出も進んでいます。

大正時代の文化としては、東京の上野・浅草間に地下鉄が開通したこと、都市で働く労働者を「サラリーマン」と呼ぶようになったこと、デパートが増えたことなどが挙げられます。中でも最も試験に出やすいのが、1925年にラジオ放送が開始されたという事実です。ここだけは確実に押さえておきましょう。

4. まとめ・解説動画(タイムスタンプ付き)

大正時代は、第一次護憲運動→第一次世界大戦関連(二十一か条の要求・ロシア革命・シベリア出兵・米騒動・原敬内閣)→第二次護憲運動→普通選挙法・治安維持法、という1本の時系列でまとめるのが最大のコツです。大戦景気による産業の発展と、それに伴う社会運動の広がりは、別テーマとして整理しておくと理解しやすくなります。

📺 動画インデックス:各回の解説へ直行

以下の「▶ 再生開始」ボタンをクリックすると、それぞれの回の社会の解説が始まる秒数から直接再生されます。お子様の復習や、家庭学習での親御様の確認にぜひご活用ください。

学習回主なテーマ解説を再生する
第17回 大正時代 ▶ 再生開始 (22:20〜)

※YouTubeアプリまたはブラウザが起動し、指定の時間からご視聴いただけます。

赤羽で学習塾をお探しなら

会社名
進塾
住所
〒115-0055 東京都北区赤羽西1‐39‐1伊藤ビル3階
電話番号
03-5924-7747
URL
http://susumujuku.com