【予習シリーズ5年下 第13回】社会攻略ガイド

2026年9月2日

予習シリーズ社会5年下の進め方【四谷大塚の予習シリーズ5下第13回 江戸時代(4)】【進塾】

予習シリーズ社会5年下の進め方【四谷大塚の予習シリーズ5下第13回 江戸時代(4)】

〜外国船の接近から開国まで、条約の中身をセットで押さえる〜

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1. はじめに:この記事を読んで得られるメリットと実戦力

予習シリーズ5年下第13回のテーマは「江戸時代(4)」、いよいよ江戸時代最後の単元です。外国船が日本近海に現れるようになったことから始まり、ペリー来航による開国、そして開国の影響から尊王攘夷運動、大政奉還を経て江戸幕府が終わるまでの流れを学習します。この中でも特に出題率が高いのは、黒船来航から開国までの部分です。外国船の来航→異国船打払令→アヘン戦争→命令の緩和→ペリー来航→日米和親条約→日米修好通商条約という順序で押さえておきましょう。

【本記事を読むメリット】
この記事を読むことで、外国船の接近から開国に至る一連の流れを年代順につなげて理解できるようになります。特に条約でどの港を開いたか、不平等条約の内容がどのようなものかは、後の明治時代の学習にもつながる重要ポイントなので、あわせて押さえられます。

2. 外国船の接近と異国船打払令

最初に近づいてきたのはロシア

江戸幕府は鎖国政策をとり、オランダと中国、朝鮮以外との交流を絶っていましたが、19世紀に入ると外国船が次々と日本に接近するようになります。最初に接触してきたのはロシアで、1792年、ロシアの使節ラクスマンが根室に来航しました。ラクスマンは日本人漂流民を送り届けるとともに貿易を求めましたが、幕府はこれを断ります。その後、1804年にはレザノフが長崎に来航して貿易を求めましたが、これも冷たく断られました。この頃、幕府は北方の防衛のため、間宮林蔵に樺太を、伊能忠敬に蝦夷地の測量を行わせています。

異国船打払令とその後の緩和

ロシアに続き、産業革命で大量生産が可能になったイギリスもアジアへの進出を強め、日本近海に姿を見せるようになります。長崎でイギリス船がオランダ商館員を人質にとる事件が起こったこともあり、1825年、幕府は日本に接近する外国船を武力で撃退する異国船打払令を出しました。

🚢 モリソン号事件とアヘン戦争が転機に

1837年、日本の漂流民を送り届け、貿易を求めてやってきたアメリカの商船を、異国船打払令に従って撃退してしまうモリソン号事件が起こりました。これに対し、洋学者の高野長英と渡辺崋山が幕府の対応を批判しています。そして1840年、アヘン戦争で清がイギリスに敗れたことを知った幕府は、これはまずいと考え、異国船打払令を廃止し、外国船には燃料や食料を与えて穏便に帰ってもらう方針(薪水給与令)に転換しました。

3. ペリー来航と開国、そして江戸幕府の終わり

日米和親条約と日米修好通商条約

1853年、アメリカのペリーが4隻の軍艦を率いて浦賀に来航し、開国を求めました。幕府は回答を先延ばしにしようとしましたが、ペリーは翌年再び来航すると約束して一度日本を離れます。そして1854年、約束通り再来航したペリーの圧力に押される形で、日米和親条約が結ばれました。この条約では下田と函館の2港を開いたことが最重要ポイントです。

📜 日米修好通商条約は「港」と「不平等な内容」がセット

日米和親条約では貿易までは実現しなかったため、アメリカの外交官ハリスが下田に来て貿易を強く求め続けます。幕府は抵抗しますが、最終的に1858年、大老の井伊直弼が日米修好通商条約を結びました。この条約で新たに開かれた港は、函館・神奈川・新潟・兵庫・長崎の5港で、下田は閉鎖されました。そして、この条約には関税自主権がないこと、領事裁判権を認めていることという2つの不平等な内容が含まれており、これがのちに明治時代の条約改正の課題として引き継がれていきます。

開国後、日本の貿易相手は主にイギリスとなり、生糸などの輸出で儲ける商人が現れる一方、国内では物価が上昇し、庶民の生活は苦しくなっていきました。また、日本と外国での金と銀の交換比率の違いから、大量の金が海外に流出するという問題も起こっています。井伊直弼が天皇の意向を無視して条約を結んだことなどへの批判を弾圧した安政の大獄をきっかけに、井伊直弼は桜田門外の変で暗殺されました。

尊王攘夷運動から大政奉還へ

開国後の混乱を背景に、外国を打ち払おうとする攘夷論と、天皇中心の政治を目指す尊王論が合わさった尊王攘夷運動が広がりました。長州藩と薩摩藩が中心となり、坂本竜馬の仲立ちによって薩長同盟が結ばれると、倒幕の動きが加速します。1867年、15代将軍の徳川慶喜は、政権を朝廷に返す大政奉還を行い、江戸幕府は終わりを迎えました。その後、新政府軍と旧幕府軍による戊辰戦争が、京都の鳥羽・伏見の戦いから函館の五稜郭の戦いまで続きました。

4. まとめ・解説動画(タイムスタンプ付き)

第13回は、外国船の接近→異国船打払令→アヘン戦争→命令の緩和→ペリー来航→日米和親条約→日米修好通商条約という流れが最頻出のポイントです。特に条約でどの港が開かれたか、不平等条約の内容(関税自主権なし・領事裁判権)は誤りなく記憶しておきましょう。倒幕運動に関わった人物の出身藩(薩摩・長州・土佐など)も、次の明治時代の学習理解につながるため、あわせて押さえておくと安心です。

📺 動画インデックス:各回の解説へ直行

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第13回 江戸時代(4) ▶ 再生開始 (30:32〜)

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